戦士と語る Vol 4
| 元東洋太平洋バンタム級チャンピオン 新田 渉世 Photo By Hiroaki Yamaguchi |
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高橋直人 日本バンタム級、Jフェザー級チャンピオン TB23W19(14KO)L4 |
肉体も精神も確かに一度、完全に燃え尽きた男 蒸し暑いある夏の夜 その男の中に、かすかな青白い火種を垣間見た・・・ なーんて。どーも、新田しょーちゃんです。先月号の巨大グマさん(笹脇敦詞さん)が紹介してくれたのは、‘80年代から‘90年代にかけて、日本ボクシング界のブームの礎を築いた天才カウンターパンチャー高橋直人さん(現JBスポーツジム会長)です。おふたりは引退後、あるパーティで知り合い、お互い意気投合して今では「あっちゃん」「ナオト」と呼び合う仲だということです。―「しょーちゃん」もよろしく。3人は偶然同級生なんです。ちなみに「あっちゃん」は、巨大グマさんと言われたのを気にして減量を試み、体調を崩して点滴を打っているとのことです??? 現役時代、相手のパンチを紙一重でかわし、芸術的なカウンターで強豪達をマットに沈めてきた男。キャリア後半では、絶体絶命のピンチを何度もはね返し“逆転のナオト”が彼の代名詞となっていました。‘89年全日本Jフェザー級タイトルマッチでのマーク堀越戦は日本ボクシング史に残る伝説の一戦とさえなっている―。というわけで、多くのメディアにとり上げ続けられてきた伝説の男を、今更「しょーちゃん」がとやかく言う必要もないので、個人的に興味のある“引退してからのこと”をいろいろ語ってもらいました。 巨大グマさん(あっちゃん)同様、とっても大きくなったナオトくんの体重は、今75kg(Jフェザー級の20kgオーバー!)。電話では結構ぶっきらぼうなタイプという印象でしたが、会ってみるとシャイというか繊細というか、話す時あまり目線を合わせない、そういうところがあるようでした(違ってたらゴメンナサイ)。話をしている最中、「ちょっと失礼」とケータイでお家に電話。4歳の愛娘ひかるちゃん と話すお父さんの声は、半音高い“でちゅねコトバ”(オレと同じだ。カッコ悪〜)。リングの上では人々に感動を与え続けた“高橋ナオト”。今日は徹底解剖だ!!
91年、23歳の若さで6年間のプロキャリアに終止符を打ちました。その後、何をすればいいのかわからない。 「トレーナーとしての誘いもあったけど、まだそのころは教えることに関心はなかったからね。」 高校時代の先輩の紹介でコンピュータソフトの会社に入社し、通販の配送を手配する部署で働くようになりました。毎朝ネクタイを締め、通勤ラッシュに揉まれ、帰りは飲み屋で同僚と部長の悪口―。絵に描いたような“ザ・サラリーマン”生活。 「やっぱオレには向いてなかったね。体を動かしているほうがまだいい。」 と4ヶ月で足を洗い、ビルメンテナンス会社に転職しました。 Q.その頃はどんな気持ちでした? ―「オレはこんな所にいるはずじゃないと思ったよ。」 やりたいことが見つからない中、自分の気持ちがうまく整理出来ない。リングでスポットライトと歓声を浴びてきたボクサー達は、おそらく皆(一応しょーちゃん含む)同じような思いを抱くのではないでしょううか。 Q.“高橋直人”という名前を世の中が放っておかなかったのでは? ―「ビートたけし本人から映画“キッズ・リターン”の主役依頼があったんだよ。企画がのびのびになって話は流れちゃったけどね。」 Q.ライターとしても活躍してましたよね。 ―「スポーツ専門誌『ナンバー』ではスポーツノンフィクション大賞受賞後、青島健太との隔週連載、『ワールド・ボクシング』、『マルコ・ポーロ』での連載とかいろいろ書いてたよ。あとはボクシング番組での解説とかね。」 本意とは言えないまでも多方面で“高橋直人”の名は息づいていました。ビートたけしのリムジンに同乗できる人(オンナ以外で)として、軍団にはうらやましい存在だったということです。そんな日々を送る中、運命的な出会いが訪れたのでした。後にJBスポーツジムのスポンサーとなる『はじめの一歩』の作者、森川ジョージさん。ビルメンテナンスの仕事の合間にふと手にしたボクシング漫画。読み進んでゆくうちに 「なんだこれ、ほとんどオレのことじゃねえか!」 すかさず編集部に電話をかけると、たまたま電話をとったのがその漫画の担当者でした。 「大手出版社は担当が違うとまず取り次いでもらえないからね。これも運命だよね。」 森川ジョージさんは売れ行き不振の頃、高橋ナオトの逆転勝利に感動し、「どんなに形勢不利な状況でも一発逆転のチャンスは残されているんだ!」 と、編集部にあの伝説の“マーク堀越戦”のビデオを見せ、漫画家として見事に逆転劇を演じてみせた男でした。電話をかけた翌日、ナオトくんは森川さんに誘われて講談社のパーティに同席し、初対面をかわしました。その日からふたりの交際?が始まったのです。
Q.ジムを始めようと思ったきっかけは? ―「ある日、古巣のアベジムで後輩達の練習を見ていたら、教えたくなる自分がいることに気が付いたんです。」 Q.それで森川さんに相談したんですね。 ―「森川さんがポルシェを買う予定だったお金を、ジムの資金に当ててくれたんです。」 (実は森川さんは免許をもっていなかったらしい・・・) びっくりするような大金を投資してくれた森川さんの、ナオトくんに対する“Love”が伝わってくると思いません? そうして出来たJBスポーツジム、いまでは会員200名。 「でも赤字なんだよね―。」 駅前の一等地で、家賃と人件費を考えるとやはり経営は厳しそうだ。プロは少数精鋭、フィットネス志望者は楽しく、目的別に門戸は広いがプロ志望者にはホントに厳しい。高橋会長のボクシングに対する真剣さが感じとれる。森川ジョージさんの『はじめの一歩』がアニメ化されたら、ジムももっとメジャーになり、あと100人は増えるだろうと、展望は明るそうです。ジム開設6年で日本Sバンタム級チャンピオン福島学(7月に王座を失ってしまったが)を輩出し、JBスポーツジム主催の興行では、ポスターや会場の演出で斬新なアイデアを披露。 「これからは演出にもっと力を入れなくちゃいけませんよ。やっぱ見る人を楽しませなくっちゃ。」 20kg大きくなった“伝説の男”ナオトくんは、私と同じ小さめの瞳でしっかりと明日をみつめていました。まだまだ何かやりそうな、そのための椅子を用意されていそうな運命をもった男―。もうちょっと痩せてもいいかも知れない。 最近いい写真を撮っている、フォトグラファー山口は高橋ナオトに合えて感激してました。 「だってブラウン管のヒーローと一緒にお茶飲んで、話して、写真撮れて、もう最高っすよ。」
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