戦士と語る VOL3
| 元東洋太平洋バンタム級チャンピオン 新田 渉世 Photo By Hiroaki Yamaguchi |
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笹脇 敦詞 デビュー 1987. 3.10 生年月日 1968. 1. 4 本籍 神奈川県横浜市中区 戦績 17戦12(7KO)3敗2分 |
さあ、走り出しました“戦士と語る”−今回は第3弾 !! 前回のケビン・パーマーに紹介してもらった“ボクシング人”は、元東洋太平洋Jウェルター級3位で、現在は外資系生命保険会社のバリバリ営業マン、笹脇敦詞(本名=敦)さんです。 現役時代にケビンのスパーリングパートナーを務めたのがきっかけで、親交が始まったとのことです。 生れも育ちも横浜・本牧という生粋の浜っ子。デビュー当時はJライト級(58.9kg)というスリムなボディで、横浜のギャル達を熱くさせていた色男も引退して2年。当日、私の前に現れたのはなんと170cm、94kgの巨大グマ?!(ゴメンナサイ)−それでも本人いわく「まだまだ今でももててますよ〜!!」 といっても昨年5月、沢山の業界関係者の祝福の中、6年の交際を実らせた紀子さんとめでたくゴールインし、お腹には3カ月のベビーが宿っているそうです。「オレはやっぱりアイツでないとだめですね。もういないと死んじゃうって感じですかね。」― あ、そうですか。 “ボクサーくずれ”という言葉がありますが、引退したボクサーの第2の人生というのはけっこう難しいものです。4回戦ボーイから世界チャンピオンまでレベルはさまざまですが、それなりに華やかなスポットライトを浴びてきたプライド、他では味わえないギリギリの緊張感と充実感といった経験が複雑に絡み合い、実社会とうまく調和していけないで、苦しんでいる元ボクサーは多いのではないでしょうか。 ところがどっこいこの巨大グマさん、引退後1年ほど大橋ボクシングジムでトレーナーを務めた後、知人の紹介で現在働いている外資系生命保険会社に入社。連日、朝から夜中まで働き、めきめき頭角を現してきているのです。
「とにかく人とあって話すこと、そして好かれる事が仕事ですね。現役時代に築いた人脈が役に立っています。」 バイタリティのかたまりで、豪快な語り口。リングの上と同じように人生の第2ラウンドを戦っているって感じでした。 多くの名チャンピオン達と好ファイトを何度も演じてきました(Jウェルター級時代、イーグル笹脇のリングネームで、当時の日本チャンピオン桑田 弘さんとは引分けている)。また、カワイジムから大橋ジムへの移籍問題などリング外での諸問題も含め、ボクシング界を縦横無尽にたくましく生き抜いてきたこの男は、おそらくどんな境遇の中でもやっていけるパワーをもった人間なのでしょう。 ボクシングを始めたきっかけは、私と同じ小学校の時に出合った「あしたのジョー」。その後、魂を振るわせた「ロッキー3」。ロッキーシリーズでは、この第3作目が1番という点でも意見が一致。そういえば年齢も同級生、デビューも同じ年、引退もほとんど同じ頃―「なんか気が合いますね〜」 しかし、私なんかよりずっとたくましい巨大グマさんは、デビュー当時から“稼ぐ”ことに対する意識がしっかりしていたようです。当時、4回戦ボーイのファイトマネーは手取りで約3万円。この男は自分でチケットを売りまくって、手取りで60万円を稼ぎ出してしまいました。大橋ジム移籍後も天性の営業マンぶりを発揮し、平均ボクサーの3倍のファイトマネーを手にしていたとのことです。 「年齢を重ねるにつれ、ボクシングだけで食っていきたいという思いが強くなってきたんスよ。お客さんにはチケットを買ってもらい、私はそれに対していいファイトを見せるっていう商売なんですよ。」―魂の燃焼を追い続け、現実の生活との狭間で葛藤し続けてきた私とは、まったく違うボクシング観。なぜか何の違和感もなく受け入れることが出来たのは、私自身が変わったということなのでしょうか・・・ 久しぶりに古巣の大橋ジムへ出かけて汗を流す笹脇さんを、後輩の山口と撮影させてもらいました。大橋会長も今ではかなりサイズアップされているようですが、笹脇さんがジムに登場するやいなや、専属トレーナーの松本好二さん(元東洋太平洋フェザー級チャンピオン・WBC世界J・ライト級9位)が「大橋会長が細く見えますよおっ〜!!」と大爆笑。ジムの雰囲気を一気に明るくして、94kgの巨体は所狭しとシャドウ、ロープ、サンドバックを次々とこなしていきました。 「まだまだいけるでしょ。チャンスがあればまだカムバックしようかと思ってるんですよ。今でも横浜でやれば、会場を満員にする自身ありますよ。前よりもっといい試合みせますよ。」―本気とも冗談ともとれない不気味な微笑みをうかべ、吹き出す汗をふきとっていました。 将来の夢は、前回のケビン・パーマーと同様、「やっぱり、いずれジムを出したいですよね。でも、私はこれまでと同じ様なただのジムはやらない。まず駅前の立地条件のよい物件を購入し、弁護士、税理士、そしてチケットを売ったりプロモーションを手がける営業の人員を雇う。トレーナーもアメリカ的な、ハートで選手をコーチするようなスタッフを揃え、いわゆる会社組織で運営してゆきたい。当然、組合を作り、選手もスタッフもフィフティ・フィフティな関係でやっていく環境を作ろうと思うんです。」 ボクシングを離れ、バリバリの営業マンとして実社会の中で培われた経験と、本来抱いていたアメリカ的な思想とが、ミックスされることによって生れた発想といった印象でした。 「私もいつかジムをやりたいと思っていますが、笹脇さんの考え方と似た所が多分にあります。将来が楽しみですね。」 練習を終え、横浜駅近くの居酒屋で更に延々と語り合ったある雨の土曜日でした。 次回は、笹脇さんの紹介によりあの高橋直人JBスポーツジム会長を予定しています。 また、第2弾で語り合ったケビン・パーマーの復帰戦が、7月25日後楽園ホールにておこなわれます。皆さん、“戦うお父さん”のファイトを見に、是非後楽園に足を運んで下さい。
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