戦士と語る Vol 19

元東洋太平洋バンタム級チャンピオン
Text By 新田 渉世
Photo By 山口 裕朗
元日本J・ライト級チャンピオン 
殿台赤城ジム会長 赤城武幸氏

 「あなた様は天下人から、ただのお人におなりになりました。そのにじり口(茶室へ入る狭い入り口)を抜けることによって、身分やその他一切を取り払い、ただの人間としてのお客におなりです。」―千利休が、織田信長の前で初めてお茶を点てた日の言葉・・・
 大観衆の中でスポットライトを浴びた栄光。指導者としても色あせることのないその華やかさ。ホームタウンを歩けば今でも沿道から声がかかる。
 そんな彼と入った小さなバー。
 ただの人間として語ってくれた言葉のひとつひとつは、430年前の茶室で利休が魅了されたそれと比べては少し飛躍しすぎか・・・


 最近すっかり寒くなってきましたね。皆さん、体調崩さずにお過ごしでしょうか。もう冬物のコートを引っ張り出して着込んでいる寒がりのしょーちゃんです。

 先月号の“戦士”五代登さんの紹介で、今月はアマチュアで全日本制覇、プロ転向後は日本S・フェザー級(旧J・ライト級)チャンピオンとして活躍、現在は殿台赤城ボクシングジム会長である赤城武幸さんを訪ねました。

 当日は選手の出稽古で、赤城さん自身の古巣である新日本木村ジム(中野区)で待ち合わせ。そして、なんと今月はウッチーこと打越昌弘氏(元帝拳ジムスラッガー=Vol.5参照)が久々に同行です。

 スパーリングを終えた選手のパンチをミットで受ける赤城氏の体は、今でも筋骨隆々としていました。現役時代、ベンチプレス120Kgを上げた面影はTシャツの上からでも十分過ぎるほどの雄叫びをあげていました。

「ボクも100Kgは上げたもんですよ!」

 負けじと叫ぶウッチーに続けて、

「ボクも90Kgは上げたもんです!」

 と叫ぼうとしたしょーちゃんの言葉は、このエネルギッシュな男達の豪快な笑い声にもみ消されてしまったのでした。

 選手のトレーニングを終え、赤城氏のホームタウン=高円寺(現役時代過ごした街)のショッピングモールにある、馴染みの小粋なバーを紹介してくれました。

 正直に言います。この夜、空腹に流し込んだ赤城氏お勧めの黒ビールと、ジャックダニエルのおかげでしょーちゃんの取材メモは一体何が書いてあるのか分からない状態なのです。かすかな記憶を頼りに、魂で感じた赤城武幸(完全に言い訳ですが)を語っていこうと思います。

「ロードワークをしているとチャンピオン頑張れよ!って、みんな声をかけてくれて
ね。雨の日はこの屋根のある商店街を、何度も往復して走ったなあ。」

 ホントに街のヒーローって感じの赤城氏は、この夜も何人かに声をかけられていました。


 現役当時は12Kgの減量をこなしていたという赤城氏ですが、指導者となった今、選手には体重の1割以上の減量はさせないといいます。科学的な理にかなったトレーニングとコンディショニングを指導しているのです。

 技術論となると多くの世界チャンピオンを手がけた、有名なミゲール・ディアストレーナーの指導を受けたウッチーも少しうるさい。

「大体ほとんどの日本人トレーナーは“前へでろ”“手を出せ”“ガマンしろ”の3つしか言わない。ミゲールがいつも誰に対しても言っていたのは“サイド・トゥ・サイド(横へ動け)”でしたよ。」

科学的指導をしているとは言え、赤城氏はやはり根っからの格闘技好き。

「野球やサッカーは、自分が打っても点を取ってもチームが負けであれば負け。そんなのはヤダッ! やっぱり1対1の勝負の方がいい。極真空手も好きだけど、顔を打たないからガマンでなんとかなる部分があるでしょ。脳を打撃されたらガマンは2000%無理だもんね。だからやっぱりボクシングが最高だね。勝ったら天国、負けたら地獄。他の競技と違って明日試合はないんだよね。」

ボクシングを嫌いになったことはないですか・・・

「“苦しみ”や“憎しみ” (減量や過酷なトレーニング)と、“喜び” (勝利や開放感)は表裏一体だと思うんだよね。だから、減量中や練習中はボクシングなんか嫌いだと思ったことは何度もあるけど、それは“喜び”のためのものなんだ。」

指導者としての今の仕事は、自身がリングで戦うのとちょっと違うと思うのですが・・・
「ボクの場合は選手と一体になって、自分の分身が試合をしているような感じ。だから試合では叫びすぎて声がかすれてしまう。」

 俳優の赤井英和さんが、トレーナーは“縁の下の力持ち”で自分が戦っている実感が持てないということで俳優の道へ進んだのだと、ご自身の著書の中で言っていました。しかし、赤城氏はまずボクシングが好き、そして教えることが好きなのだそうです。

 プロ転向前に高校の体育教師の経験が2年程あり、教育者としての資質も併せ持つ赤城氏にとって、ボクシングの指導者というのは実は天職なのかも知れません。

 実はしょーちゃんも教員の資格を持っていて、引退後にその道を考えたこともありました。だから赤城氏には以前から妙な親近感を持っていたのです。

 今、ジムの会長としてボクシングの指導者となった赤城氏ですが、教員という仕事に対してはどういう印象を持っているのでしょう。

「やりがいがあって面白かったですよ。自分がやってきたことを通じて生徒達と本音で話すことが出来た。今度も教員関係の知人から中学校の体育教師への講演を頼まれているんですよ。」

「親御さんに頼まれてジムに預かったヤンチャ坊主達も、返す時は社会で通用する人間にして返したいもんね。」


 若い頃は相当ヤンチャで暴れん坊だった赤城氏も、年の功か少しボク達よりも大人の雰囲気で人生を語ってくれました。

 ジム運営については、あるスポンサーがオーナーとなってくれているそうです。

「自分だけでやっているところもあるけど、ボクシングだけで運営していくのはかなり厳しいと思いますよ。結局選手への待遇面にはね返ってきてしまうから、経営的にはスポンサーを持つべきだと思いますね。」

 いろいろ自由にならない部分もあるんじゃないですか?

「もちろん我慢しなければならないこともあるけど、基本的に今のオーナーのことを好きだからやっていけてるんだろうね。」

 ある意味、選手達にとっては経営のしっかりと安定したジムに所属するメリットは大きい。トレーニングに必要な設備はもちろん、キャンプ費用、マッチメークにかかる費用etc・・・

「う〜ん、なるほど!」

 納得して聞いているしょーちゃんを見たウッチーが、

「赤城さん、この人もいつかジムを開きたいと思ってるんですよ。」

 と、変わりにPRしてくれました。

 なにしろよく喋る赤城氏。ウッチーもよく喋る。おまけにしょーちゃんは酔いが回って話をまとめられない。そんなわけで収集がつかなくなってしまったんですが、とにかく楽しい時間を過ごせたということで満足でした。相変わらず自己満足の「戦士と語る」です。

 赤城氏の最終的な印象としては、“エネルギッシュな大人の男”といったところでしょうか。

 夜もふけてお開きとなった宴のはずだったのですが、千葉方面へ帰って行った赤城氏とウッチーは最終電車を逃してしまい、牛丼、カラオケとハシゴしていろいろ人生について語り合ったとのことです。エネルギッシュなふたりは、次の日も元気にお仕事に向かったとのことです。

 一緒に参加したかった気持ちと、参加しなくて良かったという気持ちが微妙に交錯したしょーちゃんでした。

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