戦士と語る Vol 18
| 元東洋太平洋バンタム級チャンピオン Text By 新田 渉世 Photo By 山口 裕朗 |
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| 元日本Fe、JL、L級チャンピオン 五代登氏 |
「ハイ、五代ボクシングジムです。」―電話越しに聞こえてくるドスの効いた迫力ある声。鋭い眼光、闘争心むき出しの試合運び。現役時代に警察沙汰で新聞紙上をにぎわした“ワル”というイメージは否めない。全日本タイトルを3階級制覇した実力と波乱万丈のボクシング人生。そして今、人生の4階級目のタイトルともいえるその城で語る“戦士”の素顔からは、強さに加え、大きさと暖かさがにじみ出ていた。 こんにちは。最近読者の方から励ましのメールを何本か頂き、ますますやる気満々のしょーちゃんです。今回はピューマ渡久地氏の紹介で、元日本フェザー・Jライト・ライト級の3階級チャンピオン 五代登さんです。日本人初の3階級制覇を成し遂げた男・・・。いや、ホントに電話で話した時は怖かったんすよ。直接会って話すのも初めてだったので、想像は果てしなく拡がるばかり。とはいえ、渡久地夫妻の「いい人ですよ」という言葉を信じるしかなく、ちょっとビビリながらの初対面でした。
昭和34年10月15日生れ。皆さんがこれを読む頃には、42歳になる所沢生れの所沢育ち。男3人兄弟の末っ子が高校を1ヶ月で退学し、家を出てヨネクラジムに入門したのが15歳の時でした。波乱万丈の人生は、講談社コミック「BOXER」(岡村篤:著)にも描かれています。 ヨネクラジム入門当時はまだガッツ石松、柴田国明らが現役の頃で、その他大勢だった五代氏はワンツーだけを6ヶ月間やらされていたそうです。 「そういうわけで現役時代、ジャブとワンツー主体の選手だったんすよ。」 ちょっとビビリながら五代ジムにお邪魔し、事務室に通されると、 「いやー、遠くまでわざわざ来ていただいてすみませんねえ。コーヒーとお茶どっちにします?」 と言って気持ちよく迎え入れてくれ、早速いろいろと話をしてくれました。電話での印象とは違い、ジェントルマンで尚且つアットホームな雰囲気をかもし出していました。 渡久地氏との出会いは、五代氏の引退興行の日。試合場のトイレでたまたま2人は出合いました。 「おお、お前強えんだってなあ。頑張ってるなあ。」 「いやあ、大した事ないっすよ。」 初対面の挨拶とわずかな言葉を交わしただけでした。数年後、試合で敗れた渡久地氏に五代氏が電話を一本いれたのが付き合いのきっかけとなりました。それからは家族ぐるみでのお付き合いが続いているとのこと。ナンカいい感じっすね・・・ 引退後はあるガス会社に就職し、8年間ものサラリーマン生活を送りました。もっとも引退後しばらくは、ボクシングを見るのも嫌だったそうですが。 「履歴書に“ボクシングの3階級チャンピオン”て書いたら、『ウチの会社のバックアップでジムを開いてみないか』って言われたもんだからこの会社に入ったんだけど、そのまま6年もたっちゃてねえ・・・」
ボクシングの虫が目を覚ました五代さんは、仕事を続けながらお父さんに借金をして自分のジムをオープンしてしまったのでした。 五代登―36歳の再出発でした。 始めの2年間は、昼間はお父さんにジムを任せ、夜だけトレーナーを勤めるという日々でしたが、だんだん会員も増え、片手間での運営は困難になり、サラリーマン生活8年―ジムオープン2年が経過した頃、再び大きな決意と共に本格的なジム運営に乗り出したのでした。 五代登―38歳の再々出発でした。 話が盛り上がってきたところで、五代登の“父”登場!! さぞかしコワイ大親分が出てくるのかと思いきや、細ーくて小さーい、ニコニコしたオジサンが登場してきたではありませんか。見学に来ていた3人の看護婦さん達に話す話す・・・ 「ワシは昔ヨネクラジムでトレーナーをしとった。バス会社に30年勤めた。腕立ては今でも毎日50回やっとる。ウチでは練習生の目的に合わせて指導しとるから、あんた達に決して無理はさせん。柔軟体操だってホレ、こんな風にやればどんどん柔らかくなる・・・」 とっても生き生きとした74歳でした。 ジムが終わりの時間になり、帰宅する“父”に、 「おとーさん、大丈夫? 有難うね。気をつけて帰ってね。」 と送り出す五代登―恐るべし、“父”思いの“ワル”。 現在会員数70〜80名。プロは15人。代表選手はB級の涼野、8回戦の久保田。まだまだこれからのジムで、シューズをきちんと並べ直し、壊れたグローブを修理する几帳面な会長と、気楽になんでも話し合っている選手や練習生達がとても印象的でした。 昭和51年1月1日生れの元実(もとみ)さんとの間に・・・って何歳ちがうんだ!犯罪だ! お子さんは2人―愛美(まなみ)ちゃん3歳、優登(ゆうと)君1歳、という夫婦の出会いもなかなかユニーク。女ひとりで五代ジムの門を叩き、毎日走って通い練習に励んでいた元実さん。その根性が気に入った五代氏は、帰りは遅いし危ないということで車で送って行くようになったのでした。 「そしたら愛が芽生えちゃったんだよね。」 そして子供も出来ちゃったのでした。 16歳の歳の差も、当時の安室奈美恵の結婚に励まされたという五代さん。元実さんのご両親に土下座までして、結婚の承諾を頂きにいったものの、未だに許しは貰えていないそうです。それでも時々、子供と一緒に元実さんを実家に帰してあげたりする、なんて優しいダンナさんなんでしょう。―恐るべし“妻”思いの“ワル”。
「いつも究極のところで誰かに救ってもらってきた。ホントに不思議なんです。五代登というリングネームをつけてからは、絶対に“ワル”はやらないと決めたんです。飲酒運転さえも絶対しない。今のオレがあるのは、親兄弟、ファンの人達のお陰なんです。裏切るようなことは絶対に出来ませんね。」 知り合いからよく不良少年に説教をして欲しいと頼まれるそうです。 「オヤジのいるところじゃ、恥ずかしくて説教なんて出来ませんね。『お前だって同じような事やってただろう』って影で笑ってるのがわかるんすよね。」 「五代会長は必ず練習生全員に声をかけるようにしていますね。しかも、その人にあった言葉を投げかけるようにしています。」とは、練習生の女性からの五代会長評「いかにリラックスさせてやれるか。オレが試合で選手達にやってあげれる事はそれだけ。」選手も練習生達も会長が大好き。彼らの目を見て、それだけは間違いないと確信できました。 ―恐るべし“五代登” この日もまた話に夢中になり、最終電車を逃してしまったしょーちゃんは、フォトグラファ山口のバイクの後ろに薄着でまたがり、凍え死にそうな1時間の帰路についたのでした。 |