戦士と語る Vol 13

元東洋太平洋バンタム級チャンピオン
新田 渉世

川島ジム 川島郭志会長



東京都大田区―。すべて自らの資金で開設した、ガラス張り60坪の近代的ボクシングジム。横付けされたシルバーのBMW。ナンバープレートは“1”―。ジムの壁面いっぱいに、スプレー画で描かれたその男のファイティングシーン。
その夜、それらのすべてが、男にふさわしいものであると理解出来た。相手の目をしっかり捉えて淡々と話す姿勢。挫折を乗り越えてつかんだ栄光に裏打ちされた謙虚さ、柔和さ、内に秘めた強さ、くやしいけれども素敵な男だった・・・。

パンパカパーン!! 「戦士と語る」1周年記念。(特に企画はありません。スンマセン。)

今回は“アンタッチャブル”の異名で知られ、WBC世界J・バンタム級タイトルを6度防衛した天才サウスポー、川島郭志さんを訪ねました。前回の“戦士”大橋秀行さん(大橋スポーツジム会長)から、川島さんへのメッセージを預かりましたので初めに紹介します。

『早く試合に出られる選手を作って、リングで会いましょう。』


―てなわけで、現在、川島さんは京浜急行大井町線と目黒線が交差する大岡山駅近くにジムを開設し、選手育成に情熱を燃やす日々を送っています。今回は菊坂さんにカメラをお願いし、ついでに(失礼!)ライターの加茂さんも同行して川島ボクシングジムに乗り込んだのでした。(よーし、アンタッチャブルをどう料理してやるか!)

 面会前、実はしょーちゃんの心は複雑でした。というのはアポイントの電話をジムに入れた際、応対された方から「そういう話は事務所のマネージャーを通してください。」なーんて言われてしまったんです。(川島さんは芸能プロダクションと契約し、タレント活動もおこなっているのです)。まあ、映画やCM出演、講演活動などもしている以上、スケジュール調整等でマネージャーが必要なのは分かりますが、素人のしょーちゃんはちょっと動揺してしまったんです。

 マネージャーさんに電話をして、「戦士と語る」の主旨(―といってもただ会って話して、出来れば一杯やりたいだけなんですけどね)を説明し、「バックナンバーを読んでいただいて、協力しかねるということであれば、お断りいただいて結構ですからっ」なんて言っちゃったんです。

数日後にマネージャーさんから「よろしくお願いします」という電話があり、無事に面会のアポイントがとれたという経緯があったのです。

ところが、マネージャーさんもジムまでの地図を送ってくれたり、とても親切なんですよ。やっぱりしょーちゃんが素人だった、ということなんでしょうかね。まあ、そんなことはどうでもいいんです。直接本人から何を感じるかですから、重要なのは・・・ね。

新人王トーナメント同期(当時川島さんはフライ級、しょーちゃんはJ・バンタム級)ということもあり、現役当時から常に気になる存在でした。元インターハイ王者として、鳴り物入りでプロに転向してきた川島さんは、自信とプライドのかたまりといった印象でした。確かに強いけど、偉そうでなんか“イヤな感じいー”(ごめんなさい!)でした。

ところがどっこい、偏見はやがて感心、尊敬へと変わってゆきました。東日本新人王決勝で、ライバルのピューマ渡久地に敗退し、その後もA級トーナメント予選で、まさかの1ラウンドKO負け。拳の怪我等々で幾度となく挫折を味わいつつも、それを跳ね返して日本タイトルを獲得。王座を3度防衛した後、メキシコのホセ・ルイス・ブエノ(帝拳)を下し、ついに世界のベルトを腰に巻いたのでした。デビューして6年、

その実力と才能からは、決して早い出世とは言えませんでした。しかし、しょーちゃんも日本人のせいでしょうか、挫折や壁を乗り越えた人、心のキズを克服してきた人にやっぱり魅力を感じてしまうんですね。
 
現役時代、1、2度スパーリングをしたことがありましたが、強かったです・・・はい。防御テクニックはまさに“アンタッチャブル”。しょーちゃんのチャンスは、彼が踏み込んで来た時にわずかに開くガードの間から、アゴへのショートアッパーを狙うしかありませんでした。が、スピードはあるし、パンチは石のように硬いし、結局これといった有効打は奪えずに終わった記憶があります。川島さんは「すごくやりにくかったのを覚えてますよ」なんて言ってくれましたが・・・(どーも!)

それ以外はほとんど話したこともなく、どういう人柄なのかはあまり知りませんでしたが、今回の取材を通して、初めてじっくり話をすることが出来ました。

 菊坂氏と加茂さんは、誰と誰の試合がどーだこーだという話を川島さんに語りかけていましたが、「戦士と語る」はオレの企画だっ!! ボクシング哲学、人生哲学について川島さんと語り合うのが目的なんだぞっ!!(お手伝いしてもらってるのに文句言ってスンマセン・・・)

「あのー、ちょっと話題変えていいすかね。」


現役時代のこと―
元インターハイ王者の川島さんも、アマチュアとプロの違い―戦法、距離感、ルール、スピリッツなどに非常に戸惑っていたらしいです。

 しかし、3歳からお父さんのボクシング英才教育を受け、徳島から上京してきたアンタッチャブルは、他の浜っ子ボクサー達のように近くに帰る実家もなく、逃げ道のない状況で歯を食いしばって頑張りました。ピューマ渡久地に負けた時も、A級トーナメント予選で1ラウンドKO負けした時も、彼に逃げ道はなかったのです。唯一向かうべき道はチャンピオンへの道のみ。“イヤな感じいー”の裏に隠れた、人に言えない孤独感をその時は見抜けませんでした。
 

ジム会長として―
 「今、何をやっても楽しいけど不安で一杯ですね。ほんとに選手が作れるのかな、とか。」

ジム経営をして後進を育てることは、引退後に迷わず決めた第2の人生だそうです。

「もちろん他にもいろんなことに挑戦してゆくつもりだけど、あくまでも本業はコレ!」

川島さんの話を聞いていると、ボクシングを愛してるんだな、腐れ縁なんだなというのが伝わってきます。(そーかあ、やっぱりオレもいつかジムを持ちたいなあ!)


タレント活動―
出演する映画の撮影でアンタッチャブルが感じるのは、「その道一本で頑張っている人に申し訳ない。もちろん、負けないよう精一杯やってますけど・・・」ということ。

2時間の会話の中で、このセリフが一番しょーちゃんのアンテナを刺激しました。自らひとつのことに打ち込む人生を生き抜き、その道で頂点を極めた男の謙虚さ―。(ちょっとカッコイイじゃない)


将来への思い―

 「夢はやっぱり世界チャンピオンを育てることですね。難しいけれど・・・」

そこで意地悪な質問をしました。

「大変な夢でしょうが、やっぱり自分がスポットライト浴びる喜びにはかなわないでしょう?」

ところが、アンタッチャブルは教えることが好きなのだそうです。自分の技術や経験を伝えてゆくことに喜びを感じるのだそうです。意外な答えでした。自分の栄誉を追及してゆく生き方ではなく、何かを伝えてゆくこと、人を育ててゆくことに喜びを感じる生き方―。(ちょっとカッコイイじゃない)


青少年教育のためのボクシングについても、意識が高いところに驚きました。

「“切れる”若者達に人の痛みが分かる人間になってもらいたい。」

ボクシングには、他のスポーツにない“人を救う何か”があるとしょーちゃんは信じています。いつの日か一緒に仕事ができたらいいなあ、なんて勝手に思いました。

3歳からボクシングと共に、ボクシングの中で生きてきたボクサーの中のボクサー。一途で、真面目で、誠実な性格―。きっと酒を飲んでも基本的には変わらないんでしょうね。(本人もそう言ってました。結構強いそうです。)でも、もう少しくだけた話、つっこんだ話も聞いてみたかったです。例えば女のこと、酒にまつわる武勇伝、失敗談などなど。とりあえず“結婚”については笑ってごまかされてしまいました。

ん〜、やっぱりアンタッチャブルを料理するのは容易ではありませんでした。今回初めてじっくり話した感想・・・彼をひと言で表現するとしたら“素敵な男”です。ちょっと誤解されそうですけど―、まあいいです。これからは嫌がられても電話しちゃいます。思ったよりちいさな手で握手をかわし、ジムを出てゆく我々に深々と頭を下げる小柄なアンタッチャブルが、これまで以上に大きくみえた小雨の夜でした。





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